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著書【宝石の裏側 vol.10】

宝石の裏側-第10話- 【第3の価値と必需性】 

第3の価値と必需性

 

宝石の裏側-第10話- 【第3の価値と必需性】

 

 商品としてのゴールドリングは一般に二つの価値を持っています。世界の金の取引相場に換算される日々刻々の変動価格に見合った地金相場と、指輪という使用目的を持って作られたために出来上がった商品価格の二つです。
 後者の商品価格は地金価格、工賃、経費などのコストに営業利益を加えた物です。このリングが使用目的で存在している限りそれは使用価値を持っているが、つぶれて使用できなくなればリングとしての使用価値は消滅します。またつぶれていなくてもそのリングを使わなくなって、地金スクラップとして処分すればリングの使用価値としてではなく地金相場の価値として取引されます。

 ジュエリーに使われるプラチナや金はそのジュエリーとしての使用価値を失っても、地金に精錬されて比較的簡単に新しい取引商品に生まれ変わることができます。それはインゴットとして取引され、場合によっては再びジュエリーに生まれ変わるのです。使用価値、交換価値に注目し、ジュエリーの価値をもう少し深く探ってみましょう。

・・・つづく。

宝石の裏側 -Vol.10-
ジュエリーリフォームデザインスタジオ やまやくらぶ

 

 

 


 

GOLD -金-

 

 物や商品には交換価値と使用価値があり、物の具体的な使用価値が抽象化されて交換価値の姿が強調してくるとその物品は貨幣に近づいていきます。つまりリングという使用価値が消えてインゴットという流通商品に生まれ変わると、インゴットは自分以外のどのような商品とも交換可能な交換価値を持った物として商品取引に君臨します。そしてインゴットは純金のコインに姿を変えて貨幣になります。

 この貨幣誕生を理論的に解明して見せてくれたのはK.マルクスです。物には使用価値と交換価値が内在しているが、その物の使用価値が過剰になるか不要になると次に交換価値が頭を持ち上げてきます。つまり所有者にとってある特定の物が不要となったり、ひとつで事足りているので二つ目は要らないと言う場合、他者の持っている物と交換しようとして交換価値が表面化します。

 この交換価値を集約的に相対化したものが貨幣であるが、この貨幣誕生に歴史上最も貢献したものがゴールドであったというわけです。
 このような意味でジュエリーは日常の物品の中では最も交換価値の高いもの、貨幣に近い物であるといえます。ゴールドのリングは地金として貨幣に近い交換価値を持ち、製品としては指につけるという使用価値を持っています。この二つの価値は社会状況に動かされながらそれぞれの価格をもって取引されます。

・・・つづく。

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DIFFERENCE -違い-

 

 製品としての金のリングが商品として扱われるようになると原価に営業利益を乗せて売買されます。小売店がこのリングを販売するときは仕入れコストが原価となり、小売価格を決定することになります。
 大量生産のキャスト工法で製造された地金リングは3万円程度で販売されるが、熟練の職人が随所に手間をかけて制作すれば、10万円以上の小売価格になってしまいます。ジュエリーを財貨という交換価値として所有したい人は、工賃や諸経費のかかっていないシンプルなジュエリーを、重量に価値をおいて買い求めるでしょう。しかし他方、デザインや宝飾技法に価値を置く人はそのジュエリーを特別な作品として買い求めています。

  自分のジュエリーに愛着がなくなり、飽きてしまうということは、そのジュエリーが持っている作品としての美的な使用価値を放棄して、地金価格までいっきに転落させてしまうことになります。愛用のジュエリーに飽きることは、上記の10万円のジュエリーも3万円のジュエリーも同等の地金相場の価値ということになります。
 したがってジュエリーを買い求める際に重要なことは、飽きないジュエリーをどのように見つけ、入手するかということです。既に述べているように、ジュエリーのデザイン、制作技術、品質の見極めが、飽きないジュエリーを手にいれるためにどれほど重要であるかは了解されているはずです。この3つの要素がジュエリーに内在している価値であり、小売価格につながります。小売店はこの小売価格に自信があれば、値段交渉の余地なく合理性をもってお客様を納得させることが出来るでしょう。

・・・つづく。

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SCHEME -企み-

 

 商品価格というものは集客の為の操作価格とは別であります。二重価格、割引価格、ディスカウント価格はいずれも価格操作によって集客効果を狙ったものです。それらのいずれも最終的な表示価格が商品価格であるとみなすのがよいでしょう。

  ジュエリーの買い手は、割引率では無く、この最終的に表示された商品価格を判断して、その商品に含まれている価値が自分に適合しているか否かを見定めることが重要です。ジュエリーは目で見て美しいと感ずる美的感覚と、つけて使いやすいと感ずる技術的感性を持って見定めなければなりません。そしてこの2つがそのジュエリーの使用価値の実態であり、商品の価格表示につながります。

・・・つづく。

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OWNERSHIP -所有-

 

 商品としてのジュエリーは買い手や持ち主が定まっていない時には、一般的で普遍的な価値として存在していますが、ひとたび持ち主が定まると個人的で具体的な価値として存在するようになります。
 人のジュエリーへの愛着や憧憬はそれを自分の所有物にしたときから急激に強まります。日常品の中でジュエリーほど生活上の出来事やエピソードをストーリーにして持ち続ける物はないからです。購入時の思い出、贈り主への敬愛、そしてそれらを使用していたときに体験したエピソードなどが良い思い出となってジュエリーに刻まれ、その価値を一層特別なものにします。それは所有者にとって特別な価値であり、価格には表示できない私的な価値となります。そしてこれを所有価値といいます。

  交換価値と使用価値をもつ商品が己の持ち主を獲得して店先から大海へ躍り出ると、持ち主と共にさまざまなエピソードを体験します。これらの体験がストーリー化されてジュエリーの価値はいちだんと増幅されていくのです。
 この価値は所有者に特有の価値であり他人と共有できるものではありません。従って所有価値というものは他者と交換可能なものではないし、他人が代理使用することもできません。ジュエリーというものはリースや借り物ではパワーが出ないのはこのような理由からです。

 ジュエリーが持ち主を得てこの所有価値を醸造しはじめると、それまでジュエリーの表面に現れていた交換価値と使用価値を内に秘めてしまい、そのジュエリーのきわめて私的な所有価値だけを浮上させることになります。人が自分のジュエリーに愛着を持ち大切に扱おうとするのは、そのジュエリーを包んでいるストーリー化された私的な所有価値のためです。

・・・つづく。

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CASE A -出来事-

 

 20代後半の女性がこう切り出しました。15歳のときに祖母から貰った金のリングには緑色の小さな石が付いていて、今まで一度も使用したことがないけれど、木のケースを開けるたびになんだかドキドキしてしまうのです。そして必ず誰もいない静かな時間に開けてみたくなるのです。

・・・つづく。 

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CASE B -出来事-

 

 T宝石店の話。お客様から預かった真珠のネックレス。留め金具が壊れて糸も緩んでいたのでメーカーに修理を依頼した。ところが出来上がってメーカーから送られてくる途中で紛失した。

  真珠のネックレスは8ミリ珠が中央にあるグラデュエーションで長さが40cm弱あり、ホワイトゴールドの留め金具が付いていた。真珠はいくらか黄色みかかっていたが、傷の少ない良質の物であった。お客様にお詫びし、代替え品か金銭で弁償することでご容赦くださるようにお願いしたが、承諾していただけなかった。そのネックレスは祖母の代から3代に亘って使われていた物であった。

・・・つづく。

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CASE C -出来事-

 

 ニューヨーク・ロングアイランドの宝石店にて。初老のご婦人が真珠ネックレスを糸替えに持ってきた。真珠は7.5ミリの丸珠であったと考えられる。しかし長い間使い込んだせいか肌にあたる真珠の表面が溶け落ちてラグビーボールのように楕円になってしまっていた。真珠の膨らみの部分がすり減って、白い貝殻質の真珠核が覗いていた。真珠層はかろうじて糸の結び目の周辺だけに残っていた。職人が仕立てている間、婦人はその作業を心配そうに見守っていた。

 ・・・つづく。

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CASE D -出来事-

 

 40代のご婦人、紫色の石が付いた金のリングを持参して、『母の形見なので作り替えて弟の嫁さんにあげたい』という。ルーペで石を覗いたところ、天然石ではない。そこで『この石を鑑別して、本物であれば作りかえるようにしたらどうでしょうか』と言葉を濁したところ、『たとえ本物でなくとも母が使っていた物だから使えるようにしたい』という。

 ・・・つづく。

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EXAMINATION A B C D -考察-

 

 商品が陳列ケースの客待ちの状態から脱皮して、ひとたびオーナーの持ち物になるとそのオーナーの特殊な所有価値というものがその商品を担って一人歩きします。
 先祖の遺影を浮きあげる物もあれば、家宝として神聖視されているジュエリーもあります。使いこなしてきた年月と共に自分の思い出を刻んでいるジュエリーは金銭や別の品物とは交換し難いものとなります。

  知らずに所有していた偽物のジュエリーでさえ、私的な所有価値というものが出来上がると、真偽の基準はどうでもよい場合もあるのです。実際に所有者のこの主観的でプライベートな価値こそがジュエリー愛好家の行動を真に活性化させ、心的な充足を与えてくれるのです。

・・・つづく。

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THE THIRD -第3番目- 

 

 繰り返しになるが、市場で取引される商品には二つの価値があり、そのひとつは使用価値であり、もうひとつは交換価値です。しかしその商品がひとたび個人の持ち物になると、それは単に個人の所有する物質であるだけでなく、所有価値というものを増幅し続ける生命体のようになります。

  ジュエリーの所有価値は所有者とジュエリーとの関係が続く限り呼吸し、その価値を増幅していきます。これはジュエリーに特有の第3の主観的な付加価値です。このプライベートバリューが、ジュエリーを所有したり、つけたりする意味をも裏付けています。

・・・つづく。

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NECESSARIES -必需品-

 

 ジュエリーというものは人間の生活にとって贅沢品なのでしょうか。それは生命維持に基本的に必要な物ではないという意味で贅沢品であります。
 ところが昨今、ジュエリーは日常頻繁に使用されるようになり、その贅沢度は大衆化してしまいました。電車の中や街では多くの女性がジュエリーつけており、リングは左右の手のいずれにもつけるし、つけないのは親指だけだというのが実情です。

  一見して、品良く落ち着いたおしゃれもあれば、パチンコ屋のネオンのようにギラギラと飾り立てたおしゃれもあります。おしゃれの仕方はいろいろですが、ジュエリーの大衆化と日常化はめまぐるしく進み、その贅沢性はもはや日常生活の必需品に変換したかのようです。
 日本におけるジュエリーの需要は東京オリンピック以降、一般大衆の所得の伸びと生活文化の欧米化に沿って伸びはじめ、円高が宝石の輸入価格の低廉化に拍車をかけたため、消費者はますます手に入れやすくなったというのがそのころの実態です。

・・・つづく。

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BIPOLARIZATION -二極化-

 

 ジュエリーは一度つけて親しみを体感すると、その楽しさや充実度のために決してやめられないものとなります。自分を見つめる他者の視線に満足するだけではなく、自分の内面的な感情の表現としても、また自分の個人的なジュエリーとのストーリーを思い出す為にも、実に快感なものであり、しかも必要なパートナーなのです。したがってひとたび堰を切ったように大衆化した宝飾需要は日常の生活の中で冷めることなくますますエスカレートしてゆくのです。

  需要の増加とこうした必需品の様相を呈してきた宝飾事情にくわえ、昨今の消費資本主義とこれに伴う流通革命の結果、ますます宝飾ビジネスの二極化が加速しています。つまりジュエリーの需要と供給が一方でディスカウント量販ビジネスへ、他方でオリジナルデザインの手作り品を扱うビジネスへと分かれてきました。

 これらのビジネス手法と形態のいずれが今後、宝飾文化として評価されてくるかは別として、宝飾需要の必需品化と低価格化は、それがジュエリーとしての完成度を有している限り、つまり低価格であっても粗悪でない限りは歓迎すべきことです。しかし市場に出回っている低価格帯のジュエリーのほとんどは実に身体に装うには堪え難いものばかりです。

・・・つづく。

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TRANSFORMABLE -変わる-

 

 ジュエリーは使い捨ての日用雑貨ではありません。それは人間の生命力溢れる身体に、直につける意匠化された表現物です。つける人の心と呼吸にそのジュエリーが合致した時に、はじめてジュエリーは生命力を得るのです。
 価格の安さは歓迎されるべきであるが、製品としての粗悪さは歓迎されません。たとえ安いジュエリーであっても、製品としての基本的な必要条件を満たしてはじめて真のジュエリー足り得るのです。つまり品質の良さ、熟練された技術、共鳴するデザインという三条件が満たされてそれはジュエリーとしての市民権を得ることができます。

 たとえ日常的必需品に転化してきたジュエリーであっても、数年で飽きてしまうような消耗雑貨であってはなりません。昔の贅沢品が今日では大衆社会の日常的必需品として一般的な日用性を帯びてきたとしても、それは毅然としてジュエリー足りうる三条件を共有していなくてはなりません。この共有された三条件だけが、その価格の如何を問わずジュエリーの贅沢性を保持することが出来ます。

  巷に洪水のように氾濫してきたジュエリーとそれを扱うビジネスの加熱ぶりは、そのまま今日の大衆の贅沢化を反映しています。そしてこの贅沢品の日常的な必需化はジュエリーに対する奢侈のイメージを変えてしまいました。
 書画骨董のように歴史的に付与された価値を持つアンティークジュエリーや、特別稀少性の高いジュエリーは別にして、いま一般的なジュエリーの価値は所有する贅沢から使用する贅沢へ変化してしまったのです。ジュエリーは身分や階級の高さを象徴する奢侈品ではなく、自分の生き方や、内面性を表現する象徴物となっています。

 いまやジュエリーの意味は自己表現として存在しています。それは贅沢性や必需性というものを凌駕して、社会の中で自らの存在を主張するイニシャルとして市民権を得ているといってよいでしょう。ジュエリーは他人から羨望される贅沢品であるよりも、自身の存在の象徴として身体的な延長であり、精神的発露なのです。それをつける人の嗜好を表現しながら、その人の価値観や生き方を象徴しています。

・・・つづく。

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SABSTITUTION -代替え-

 

 価値観や生き方を象徴するような物は生活上無くても済むものですが、あればより一層、心的な満足度をもたらしてくれる物です。したがって一般的にジュエリーは『無くても済むがあればより良い』という程度で、了解されているといってよいでしょう。

  しかしジュエリーとその所有者との関係は、内に秘められた私的なストーリーゆえに、代替え不可能な絶対的関係が醸造されているのが現実です。したがって一度所有者を得たジュエリーは『あればより良い』程度の相対的な価値では計り得ません。それは『無くてはならない』価値として所有者と濃密に関係しています。
 この場合、ジュエリーは一般的な贅沢品でもなく日常に使用され消耗される必需品でもありません。それは所有者にとって極めて重要な身体的かつ心理的なパートナーであり、必要不可欠な価値として主観的に存在しているのです。

・・・第11話につづく。

宝石の裏側 -Vol.10-
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